みんげい

民藝について

ブログでもちらほら書いてきたのだけれど、雑誌やテレビで民藝を取り上げられればられるほど、よくわからないものだ と思う。

民藝とはなんぞやと簡単に解説がなされたページを見れば見るほど、混乱する。

息ができないような気持ちになって、なんとなく詰まった感じになって

大抵家から30分の 駒場日本民藝館に月に一度駆け込むことになるのだ。

わたしは、打ちのめされるくらい美しいものに出会いたい

できればそういうものが暮らしの中にあって、なおかつ使えたら最高だと思っている。

高価な絵を買うのなら、毎日いいなと思えるテーブルを買いたい。

最高級の着物を買うなら、着心地がいいと思える服を買いたい。

そうして集めたものが 民藝 とされるものが多いだけで

民藝だから好きだとは、なんとなく言いたくない。

とはいえ、いま机の上にある

世界の民芸 西欧の民芸 少年民藝館 には ヤラレタ!というものばかりで

いまこの本を書いた人たちが生きていたら、一緒に100均にいったりしたいと思う。

多分、おもしろいものを見つけて来られるだろう。

民藝って何か というのは、あまりにも多角的で、多視点だ。

そんなん知らんよ そう言いたい。もちろん柳さんは本でもちゃんと書いているけれど

もう今の みんげい は本当に多角的、ピカソの絵みたいだ。なーんて思う。

でも、民藝をはじめた人たちの眼は本当に面白くて、蒐集されたモノを通して、その眼を体感させてもらっている気になる。

例えばそれは昼間の月を見つけることのようで

子供が嬉々としておはじきを宝物箱にしまうようで

私が惹かれているのは そういう眼 なんじゃないかなと思うこの頃。

もちろん落ち着いてものを見る間はなく、なんというかここのところはビビッと来たかどうかで判断しがちなのだけど

初めての人にあったときに感じる空気感のようなものが意外と当たるように

ものに対してのソレも当たる気がするのだ。高確率で。

気のせいかなーと考える夜半なのです。

まとまりありませんが、こんな感じで今日は寝ます。

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