今なぜ民藝か。

ラジオが好きだ。映像がないから、なんとなく聴いていても作業ができるし、どんな人が喋っているんだろうとか、情景をじっくり想像することもできる。

そんなラジオ、車通勤をやめてからとんと聴かなくなり、娘がつけていると怒るのでつけることもなく。

入院中は、テレビもイヤフォン必須で、テレビにそんなに興味がないのでつけることもせず。

そんな折、NHKラジオ第二で、民藝に関する講座があると聞き、興味が。

テーマは、《今なぜ民藝か》

講師は明治大の鞍田崇さん。色んな所で民藝に関するトークやローカルスタンダードの調査をされている、今をときめく哲学者の方。

坊やを寝かしつけながらの30分、聴き終えてから ふーっと息を吐く。

冒頭の濱田庄司の話から、根の話、シュリンク、工芸、壁になりきれないもの。。

なんというか、なんというか。

正直、そうそう!とそうなのか?の半々。

私が民藝に出会ったのは高校卒業して、大学一年生にかけての頃で。

駒場の民藝館に初めて行ったのは四年生のころ。

あれから10年。民藝との関わりは日常になり、時にはがっつり、時には少し離れて。

本当にあっという間で、これがブームなのかと言われたら複雑でもあり。

わからない。

私は一体民藝の何に惹かれているのだろうか。

たしかに、そこにある見えない根の力や、作り手や素材や、色んな要素があるのだろう。

でもただ ほっとする とか、オシャレだからとか、そんなんじゃなくて。

道具として だけでもなく、心のため だけでもない。

もっと切実に求めている気もするし。なんとなく、惹かれているだけの気もする。

ずっとこの先、死んでしまうまで好きでいる気もするし、明日飽きてしまう気もする。飽きないけど。

複雑な感情なのだ。

明るい感情だけでなく、暗い感情もある。

ちょっと、わからないものは、わからないまま置いておいて。

もう少しこの講義を聴いてみようかと思っている。

きっと終わる頃には何らかまた自分の中に育って、形作られているだろう。

わからないものはわからないままでも。

無理にわかるふりをする必要もなく。

一旦小休止。

各地で民藝が盛り上がっているピークのような今に乗れず、正直悔しく、少し悲しく、下を向くと涙が出てきそうになるので、上を向いて私が今できることを。今しなくてはいけないことを。

離れたことで見えることもあるだろう。

大丈夫、民藝はなくならない。

また元気になったら自分で迎えに行けばいい。

坊やの退院も決まったので、しばらくブログもおやすみ。二ヶ月くらいしたら坊やも首が座って落ち着く…のかは未定ですが、とりあえず子宮やら骨盤が元のに戻るまではおやすみ。ちょうど講座終盤か。

入院中、いろんなことを書いて書いて、心を落ち着かせていました。坊やの寝顔を見ながら暗くなりそうになるたび、メモを開いて。手書きもこうしてブログも、坊やのことやらでいっぱいになりました。

下書きのまま半年くらい置いておいたものを書き終えてすっきりしたり。

1週間あっという間に。

これも良い思い出になりますように。

それではまたお会いしましょう。

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