そして母になる。

もう既に母ですが。

息子を産んで思い出したこと。

退院して家に帰って、

子どもを産んで母になるわけではない。と娘を産んだ時にちょろっと書いたメモを見つけた(私はメモ魔なのです)その隣には 《自覚》と書かれていた。

自ら覚悟すること ちょっと本来の意味とは違うけど。母になるという覚悟が、私を母にする。

体は勝手に母になるけれど、心はついていかないこともあった一人目。二人目は?といえばそれもまた変わらなくて、やっぱり 覚悟のようなものが必要だったのだと気づく。

きみを守るよ

ずっと愛するよ

どんなことがあっても信じてそばにいるよ

そんな誓い。

一説によれば、高度に進化しすぎた人間に母性なんてものを求めるのは幻想らしい。それでも、子に対するこのよくわからない愛情は、本物だと思う。

目をくりくりさせて世界を見ようとする小さい息子を見ながら、もし、この子を守るためならなんでも差し出すだろうし、なんでも倒すよね。そんなことを思う。

どうしたってそれは変わらなくて哀しいほどで。

ただただ愛している。

そういう自覚。

母になることに、母であることに、戸惑い、揺らぐこともあった。たくさん働いて、好きなことをして、キラキラしている人が羨ましくて。

馴染みのコーヒー屋のオーナーさんと、話して、ないものねだり だね、と。

そういう人は逆に母になりたい、なりたかったな、と思っていたりするものよ 私も含めてねと言われて、はっとする。

鏡のようなものなのだ。

どちらかを選択することは難しい。

選択しようとしてもできないこともある。

けれど、与えられたものを無駄にしてはいけない。

人にはそれぞれ役割が与えられていて、人生まるごと修行だから、そんなに世を儚むことをしなくても大丈夫よー、出家はいつからでもできるから。肩肘張らず〜

と社会人なりたての頃、飛行機で隣り合ったお坊さんに言われたことがある。

こうして可愛い2人が私のところに来てくれたのも、縁だ。

しんどいときこそ楽しめるか。

笑っていこう。

そんな事を思う寝不足の朝。

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