私の中の海。

いよいよ明日が予定日ですが、なんの変化もない夜を過ごしております。

ぜっったいにありえないけれど、このまま産まれないんじゃ…と想像して、それは困るなぁと思ったり。

色々考えないといけないことはあるのだけれど、ここまで来たらもうお腹の子に心を専念して。

娘の時の1.5倍ほど大きく感じるお腹の中に入っているのは、海を泳ぐ子。

ぷかぷか。ぷかぷか。浮いて泳いで。すくすくおおきくなる。

よく母なる海という言葉があるけれど、今、私の中には海がある。

羊水がどのようにしてできるのかは完璧には明らかになっていなくて、赤ちゃんが羊水を飲んでおしっこをして増やしていくのはわかっているのだけれど、

不思議なことにそれが海水とほとんど同じ成分なんだそう。

お腹の中の海の中でくるくるとよく回っていた子も、もう動けないほど大きくなって、きっと外に出るタイミングを、時折もぞもぞ動きながら伺っているのだろうか。

暗くて暖かい海に浮かぶ様子を想像する。

海が流れ出て、子が生まれる。

なんとなく海が懐かしくて、でも夜の海が怖いのは、お腹の中を思い出すからかもしれない。もう決して戻れないところ。

でも羊水が海の成分と同じだなんて知らなかった大昔から、母なる海といろんな人が感じていたのは本能的にわかっていたからかなぁ。

なんとなく出産前の感傷的な夜。

どんな人にもおへそがあって、それは海の中を泳いでいた証で。

だれかと繋がっていた証で。

娘のかわいいおへそを見て、ちょっとなつかしく、微笑ましく思い、

もう大きく膨らんだお腹で凹みすらなくなってしまった自分のおへそを見て想像する。

私も母の海にいたのだということを。

もうすぐ、もうすぐ会える。

ゆっくりゆっくり。

ベッドに置いてある小さな牛の土笛を手で捏ねながら、海を泳ぐお腹の子を想像して夜を超える。

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