日蔭の村

夏の濃い緑が、少し霞んで見える。

山々はどこまでも続いていて、いったいどれくらいの広さなのかよく掴めない。

時折現れるトンネルは、ゴツゴツとして手で掘ったのであろうか、ところどころ鉄板が打たれて補強されているのがわかる。そこから滴る水が山の血液のようだとぼんやり思う。

蜃気楼が見えそうな暑い昼下がり。目の前に白昼夢のように現れた湖。東京都の水瓶、奥多摩湖である。

あまりの広さに、少し圧倒されながら、その湖底に沈む村を想う。

【日蔭の村】

石川達三の小説に出てくる小さな村、小河内村である。東京の水不足に備えるため考案されたダムの建設計画に翻弄された1日に5時間しか陽の当たらない小さな村。

5年間にわたる村の変化を書いた小説。
氷川、川井、御岳、知っている名前が出てきても、肝心の小河内村のことを私は全く知らず、奥多摩湖も、見たことすらなかった。

小説では、ダム建設によって立ち退きを強いられることへのよくある反対論が描かれている訳ではなく、どちらかというと東京の礎となることへの誇りやダム建設で国から支払われる一時金をあてにする人々の新しい生活への期待のようなものから、だんだんと計画延期や一時金の減額、延期によるいつまでここに居られるのか、居るのかという苛立ちからだんだんと生活への気力を失い、内側から壊れていく村の様子が描かれている。

縄文時代から人が住んで居た小河内周辺。きっと森に入れば材が取れ、獲物がいて、細やかながらも生活を立てていけるだけの作物が育ち、水にも困らない地であったのだろう。

それが、立ち退きという一言だけで、だんだんと弱っていく姿は、読んでいてひんやりとした怖さがあった。

果たして、小河内の人々の生活を壊していったのは何だったのだろうか。ダムの建設か、一時金の少なさか、いや、先の見えない未来への漠然とした不安だったのでは無いだろうか。

来年居られるかわからないから、

収穫できるかわからないから、

お金をかけても手間をかけても無駄なのでは無いか。

段々と生活が自分の手から離れていく。

その後村は結局立退くことになり、当初の予定よりもずっと少ない一時金を高利貸しに取られ、搾取され人々はその後も流浪の民として散り散りに、各地を点々としていったという。

「果たして、ほんとうにダムは必要だったのかな」

霞がかる山々を見ながら呟かれた言葉が、少し胸に刺さった。

と同時に思い出したのは、福島のことだった。

何度もテレビの画面に映し出された、立入禁止となった村や街。
生活が手から離れてしまった場所。

第2、第3の日蔭の村は、過去の話ではないのかもしれない。

そんなことを想う、暑い暑い夏の朝なのでした。

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