歪んで 揺れて。安土忠久さんのガラス。

飛騨高山に工房を構える安土忠久さん。

現在氷川台のギャラリーで個展が開催中です。

初めてみた安土忠久さんのガラスは、部屋に入った瞬間、それ自体が輝いているかのようにキラキラしていて、思わず「わぁ…」と声が漏れてしまいました。

なんというか生き物のようにそれぞれカタチが違って、ひそひそと話してクスクス笑っているかのような朗らかなガラスたち。

へちかんだ 方言で歪んでいるという意味のガラスたち。

決してきっちりしたカタチではない。ツルツルとした所謂ガラスの質感というよりも、ぬるりとしていて掴み所がない。手に取るとずっしりしているのに、解けてしまいそうな気にもなる。

かといって気持ち悪くはなく、流木を撫でているようなおだやかさ。

見せていただいた動画には忠久さんのアトリエにある動物の骨が映っていて。自然のなかにあるものは無駄がないという。そうか。これは骨なのかとすとんと腑に落ちる。

こんなに穏やかそうなガラスに見えて、けれど才能がない自分がいいものを作るには、悪魔に魂を売らないといけないと思ったと語る安土さんのギラリとした目がとても印象的で、自らを職人では表現者ときっぱりと語る安土さんを見ていたら、ガラスたちの中に燃え盛る炎のような激しさを感じてしまう。

グラス、酒杯、ピッチャーに花入れ、いろんなガラスたちの中で、入ってすぐに目が離せなくなったガラスがあって、どれにしようか散々悩んでも結局ぐぐぐーっと引き戻されて、文字通りビビビと来てしまった小瓶を一つ持ち帰りました。

きっと使いやすいのはコップだったり、お皿だったりするのだろうけれど。

とろけそうな色や形、歪んで揺らいで、水の中にあるような。

光を透かすとキラキラゆらゆらして。

まるで骨。少し死の匂いまで感じるような、生き物のような感じ。

歪んでいていいんだよと、キレイじゃなくていいんだよといってくれているような。そんなガラス。

何で惹かれたのか条件をあげてもそれ自体を表すことはどうやっても出来ないけれど。好き。

こんな風に感じたのは久しぶりで、このわけわからないけれど、なぎ倒されるように惹かれてしまうものがまだまだあるのだと嬉しくなったのでした。

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