『Found WHAT?』

ふとした、たまたまみつけた あれ? なんで? どうして? そんなものを見つけた展示。

この場合はラーメン屋さんに置かれたお客さんが“共有”するティッシュなわけで。
展示を見ているとクスクス笑いが漏れてきてしまいました。

ああ、いい目の付け所だなぁ。私が学生だったらやりたいなぁ。と羨ましくもあり。
今動けない自分をもどかしく思うとともに、もっと何かできるんじゃないかと自分に問いかける展示でもありました。

会場は御茶ノ水駅からすぐのギャラリーIHA。展示のコーディネートは哲学者であり民藝の研究もされている鞍田崇さん。チームは鞍田さんの授業を受けているいろんな大学の有志の方々だそうです。

展示の構成としては、フィールドワークで集めたモノと、ティッシュとパネル、そして調査シート。というなんとも不思議な空間なわけですが、不思議と見やすく面白かったです。

ただのモノが、使われることによってたまたまそこにいて人と人を結び、場所と場所を結び、まぁそのモノ自体は全くもってそんなことはつゆ知らず、用を為すだけ。けれど新品ではなく使いかけのティッシュのボックスたちは、なんとなくその空気感をそれぞれ纏っている。

そういう空気感を可視化するというのは、とても難しい。(だって、ただ使いかけのラーメン屋さんのティッシュボックスが並んでいたって、なにも心動かされない)それを目に見えるカタチにしているのがパネルであり、でも私にとって一番面白かったのはそれぞれの調査メンバーが書いて提出した調査シートでした。

正直、文体もバラバラだし、書いている内容も個人差が大き過ぎて読みにくい。でも、モノの背景を明らかにして、そのモノが語っていることを代弁するという役割はしっかり果たしていて、さらにいえば、調査過程でしどろもどろになりつつ店主に交渉したり、インタビューしたりというライブ感がひしひしと伝わってきて、それも経てのティッシュたちなのかと。たまたまその日に調査に来なければ、1日で役目を終えていたであろうティッシュたち。たまたま、ここにいる私。ここにいるモノ。

本当はそんなモノがこの世には溢れていて、みんなで共有していて、でもそれに気づかない。気づく必要なんてないかもしれない。でも、それに気づいたらちょっとだけ面白い。そんな風に感じました。

そしてフィールドワークで集められたというモノのコレクションは、それぞれが珍しかったりもして、ふんふん言いながら見ていたけれど。

どれも たまたまここに集められて、もともとは違う土地にいてそれぞれ使われていたモノたちで。今の持ち主や前の持ち主の跡を感じられるモノたちでした。もちろんほつれやキズという目に見える跡もあるけれど、何枚か揃いのお皿や、デザートカップ、ああ月日を超えて使われてきたんだなという空気感。

もの自体を見せたいのではなくて、そんな空気感を見えるようにするために置かれたんじゃないかなんて思ったりして。

特に手織りの布は織り手を感じ、繕われた襤褸は使われていた過程や手を入れられた温度を感じる。

空気感…というか温度、熱量なのかも。

古いもののなかにイチゴスプーンやイッタラの器があったりして。

日本の骨董市にありそうなもの。フランスの蚤の市でありそうなもの。

かと思えばその隣に、はびろ鉄瓶があったり。

一つの眼を通して選ばれたもの、それぞれ使われてきたもの。

たまたま集められたものが纏っている空気。それらが集められ、並べられて出る空気感。

この展示を見たからといって、モノの見方ががらりと変わるわけではないかもしれないけれど、外に出たらほんの少し、コップにインクを数滴垂らしたくらい世界がほんのり色づいてみえたのでした。

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