華やかに、けれども実直に。三宅義一さんのガラス

妊娠中、中目黒のSMLさんで見かけた、なんとも言えない雰囲気を纏った硝子のコップがありました。底を見るとsanとサインが。一体誰の硝子なんだろう。


フワッと広がった口に、ガッシリとした持ち手、そこには真っ赤な苺のような、ボタンのような意匠が付いていて、くるりとチョーカーが巻かれたように赤の硝子で線を描き、底の淵にも真っ赤な硝子。

けれどもゴテゴテしているわけでもなく、爽やかに華やか。そしてがっしりしているのに、コロンとして愛らしい。

ちょっと不思議な、それがとても魅力的な、三宅義一さんの作る苺プラントタンブラーとの出会いでした。


それからというもの、都内の備後屋さん、クラフトスペースわさん、工藝喜頓さん、松本にある松本民芸家具のショールーム、民藝展にも出展されていた岡山のくらしのギャラリーさんなどなど、事ある毎に見かける三宅さんの硝子。人気があるのだなぁと思いつつ、中々手に取る機会がありませんでした。モールのデキャンタも、一輪挿しもどれもとても素敵です。

けれど、最初に見た苺プラントタンブラーの鮮やかな赤が忘れられませんでした。

針で指をついてしまった時にぷくっと出る、あの血のような鮮やかな赤。

この度、縁あって手元にやってきてくれました。

赤と緑セットで。やっぱり、やっぱり美しい。そしてびっくりしたのが、その使い心地。一見すると、美しさが先行して実用に不向きなのでは?と思われるかもしれません。ところがどっこい、飲みやすい。持ちやすい。そして手元で見ると、ちらりとお店で見たときに感じた、印象が、なんとなくはっきりしました。

このグラス【詩的】なのです。童話の中に出てきそうなと言いますか、本を読んで頭の中で思い描いていた、遠い異国のとあるお家で、はたまたお屋敷で、物語の登場人物たちが楽しそうに美味しい飲み物を飲んでいたグラス。そんなグラスのイメージがぴったり当てはまるグラスなのです。

元々は中世のドイツで白ワインを飲む用に作られたレーマーグラスを元に、三宅さんは気軽に一人でもお酒を楽しめる用にと、小ぶりの苺プラントタンブラーを作られたそうです。

装飾でもある苺の部分は滑り止めの役割があり、持ち手もしっかりと掴みやすくとても持ちやすいです。そして硝子のコップにおいて一番大切な飲み口が、ちょうど良い厚み。見てよし使ってよしの素敵なグラスです。さらにはちょうどスポンジが底まで届くので洗いやすい。華やかだけれど、しっかりとした硝子だとふむふむと頷きながら一人で感心しています。

三宅さんの硝子は健康的というより、柔らかい、と評されているのを目にしたことがありますが、柔らかいというより、ドラマチックです。ドイツが元の形だけれど、その配色や新たなカタチのバランスはどことなくオリエンタルな雰囲気もあり、多国籍的でもあります。その捉えどころのなさが、物語の中に出てきそうに感じた理由かもしれません。

耐熱ではないので、熱い飲み物や食洗機はNGですが、手で洗ってピカピカになったグラスをみるのも、気持ちがいいのです。

娘さんが朝寝をしている間、いそいそとこのグラスにパッションフルーツジュースをペリエで割って注ぎ、ほっと一息つくと、秋のやわらかな日差しが硝子の中に入って、キラキラしてとても綺麗でした。赤が、中から光るとより一層魅惑的です。


日常の中にある、物語の登場人物になったような、ちょっと特別なグラスとの出会いでした。

ちなみに三宅さんのガラスは上記に書いたお店の他にも、オンラインショップなどでも見ることができますよ。また、個展では色ガラスや、大きなものも見ることができます。私も次の機会には展示に行って見たいと思います。

綺麗だな〜で終わらずに、一度手にとって使って貰いたい硝子なのでした。

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