『一生もの』は自分で育て作るもの

一生もの ということ場を雑誌などで最近よく目にします。

多分断捨離したその後に、もうものを捨てないように!と一生ものを探す人が増えているからかもしれません。

たしかに、どっさりと何袋も家からいらないと思ったモノを出し、ちょっとした後悔と罪悪感。スッキリさを経験したらまたモノに囲まれた生活には戻りたくないですよね。

大切なものに囲まれた生活は居心地も良い。作業効率も上がる。妥協せずに欲しいものを探していくことがモノを大切に使おうという気にさせてくれる。

だから色々なモノをがんばって探して、買って使う。

 

でも、意外と気に入らなかったり、使い勝手が悪くまた手放すこともしばしば。

ミニマリストを目指そう!となると、もっと物を減らさないと…と、せっかく買ったものをまた手放してみたり。

それ「モノを大切に使う」ということには合っていないし、美しい生活ではなーい!と考えていました。

そこで、何年も既に使っているものを検証してみることに。
そして第一位は…

  • 母が編んでくれたセーター

でした。体がそこまで大きくならなかったということも一因ですが、色々バリバリ捨てていたのに唯一残し、小学生のころから使っています。夜パジャマの上から着ています。

なぜ捨てられないのか?と考えてみると

  • まだ現役で使える
  • 母の想いがつまっている

この2点かなと。あとはこれが一番重要かもしれませんが、気に入っているのです。

まさか、このセーターを10数年以上使うことになるなんて、小学生のころの私は想像しなかったに違いありません。つくってくれた母さえも。

こういう風に、『一生もの』は頑張って探して購入するものだけでなく、
自分で使い続けて育てるというものもあるのかもしれないなと思うのです。

その一方で

使ってみて淘汰されていく中に、自分にとっての本物の一生ものがあるのかな?
なんて考えつつ、よ~く選んで購入し、たくさん使う。
そうして『一生もの』に囲まれた生活を送りたいと思うのでした。

ドミニックローホーさんも、シンプルに暮らすには
物を厳選する分高くつく、とおっしゃっていますしね。

良いモノ探しの旅は続きそうです。

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